患者の医療被ばくにおける放射線防護
患者の医療被ばくが他の被ばくと最も異なる点は、被ばくが臨床上の必要により与えられることです。つまり、患者の利益のために計画された被ばくであって、他の被ばくで適用される線量限度*を適用することにより、臨床上必要な診断、治療を制限する可能性があります。このため、患者の医療被ばくでは「正当化」と「防護の最適化」に重点が置かれます。
*:ICRPが勧告する放射線防護の原則の一つ。職業被ばく、公衆被ばくの計画被ばく状況で適用されます。「規制された線源のいかなる個人の総線量は、ICRP委員会が示す線量限度を超えるべきではない。」という原則です。
国内法令ではICRPの線量限度値に基本的に従っていますが、女性の職業被ばくについて、定められた3ヶ月において5 mSvという独自の線量限度もあります。
1. 正当化
医学的手法の正当化と言われ、以下の3つレベルがあります。
- (第1のレベル):「医学における放射線利用の正当化」
医学において放射線を用いることについて検討することですが、現在では当然のこととして受け入れられています。
- (第2のレベル):「特定の目的を有する特定の医療手法に対する正当化」
その手法が診断/治療を一般に向上させるか、被ばくした個人に必要な情報を提供できるか判断することです。
- (第3のレベル):「個々の患者に対する手法の正当化」
その患者に対し、選択した手法が被ばくしない手法以上に患者に必要な情報を提供するかなど、患者個々の特性を考慮した検討を意味します。この正当化の責任は関係する医師にあります。
ICRPでは、たとえば、放射線診断により検査を受ける個人の健康または、重要な犯罪検査の支援に有用な情報されると期待される場合を除き、臨床とは無関係の放射線診断は正当化されないと勧告されています。
2. 防護の最適化
- 正当化の説明で述べた通り、線量限度を適用することにより、臨床上必要な診断/治療を制限する可能性があります。例えば、X線CTにおいて、被ばく線量を低減したことにより、画質が低下し、臨床上の判断ができないという事象です。一方で、患者の被ばく線量を適切に管理することも重要で、例えば、診断可能な画質が得られれば臨床上十分であり、線量を増やし、より良い画質を得たとしても臨床上の便益が高くなるというわけではありません。つまり、患者の被ばく線量を医療目的に見合うよう管理することを意味します。
- 放射線診断やIVRでは、参考診断レベル(Diagnostic Reference Level:DRL)を用いた防護の最適化を行います。DRLはICRP 73 (1996)で導入された概念で、現在、多くの国際機関が医療被ばくに対する最適化のツールとして診断参考レベルの導入を推奨しています。
- DRLは、線量限度のような制限値ではなく、特定の手法で標準的な体格の患者が受ける線量の目安です。よって、国や地域によって体格、手技に違いがあることから、国や地域毎に設定されます。また、手法や医療機器の発展によりその線量は変化することから、値の再評価を定期的に行う必要があります。 国内においても、2015年に関連学会・団体により実施された実態調査を基にした「最新の国内実態調査結果に基づく診断参考レベルの設定」が公表され、2020年には「日本の診断参考レベル(2020 年版)」として改訂、公表されています。(http://www.radher.jp/J-RIME/)
- DRLは多くの場合、実態調査を基に特定の手技に対する被ばく線量頻度の75パーセンタイル値が設定されます。つまり、同じ診療目的で、上位25%の施設では、DRLよりも高い線量を用いた手技が行われていることになります。それらの施設は、線量が高いことの原因を調査し、臨床上正当な理由がなければ、線量の低減(最適化)を行います。DRL以下の線量になっている施設でも、定期的にプロトコルの見直しをすることによって最適化を行います。
- DRLの概念図
3. DRLで用いられる線量の種類
DRLは容易に測定可能なことが必要とされ、通常は空気中の吸収線量、あるいは単純形状のファントム(人体等価物質)や標準的な人体形状のファントムにおける吸収線量が用いられます。CTでは、特別な量であるCTDI(CT
Dose Index)及びDLP(Dose Length Product)が、核医学では投与した放射能量が用いられます。
DRLの数値はリスクに対応する絶対値として意味を持つものではなく、あくまで、相対的な値として高いか低いかを判断するものです。下記に、「最新の国内実態調査結果に基づく診断参考レベルの設定」で用いられた量(http://www.radher.jp/J-RIME/)を示します。ESDは、患者の体表面上における、体からの後方散乱(跳ね返り)を含む空気の吸収線量で、皮膚の線量ではありません。また、
DRLに用いられる量は手技ごとに決定されるため、手技の異なるDRLの量、例えば、一般X線撮影の入射表面線量と口内法X線撮影の入射空気カーマを比較することは意味を持ちません。なぜなら、下図のように、入射表面線量と入射空気カーマはファントムに入射するX線の量ですが、入射表面線量はX線がファントムで後方散乱する量を含むのに対し、入射空気カーマでは含まないからです。
表: 「日本の診断参考レベル(2020年度版)」で用いられたDRL量(http://www.radher.jp/J-RIME/)
モダリティ |
DRL量 |
単位 |
CT |
CTDIvol |
mGy |
DLP (Dose Length Product) |
mGy・cm |
一般X線撮影 |
入射表面線量 (ESD) |
mGy |
マンモグラフィ; |
平均乳腺線量 |
mGy |
口内法X線撮影 |
入射空気カーマ |
mGy |
パノラマX線撮影 |
面積空気カーマ積算値 |
mGy・cm2 |
線量-幅積 |
mGy・mm |
歯科用CBCT |
面積空気カーマ積算値 |
mGy・cm2 |
回転中心におけるビーム軸空気カーマ |
mGy |
IVR |
患者照射基準点での空気カーマ |
mGy |
面積空気カーマ積算値 |
Gy・cm2 |
患者照射基準点での基準透視線量率 |
mGy/min |
診断透視 |
患者基準点での基準空気カーマ |
mGy |
面積空気カーマ |
mGy・cm2 |
上記の補助として、透視時間、撮影回数 |
min、回 |
核医学 |
実投与量 |
MBq |
図:X線撮影のDRLに用いられる量
4. CTDI(CT Dose Index), DLP (Dose Length Product)
CTでは単純ファントムを用いた特別が量:CTDI, DLPがDRLに利用されています。 CTDI、DLPはCTDIファントムとペンシル型電離箱を用いた測定値から下記の式に従って算出することができます。 現行のCT装置では、撮影時に撮影条件から算出したCTDIvol及びDLPが表示され、記録されます。
参考URL: https://www.acrobio.co.jp/products/radiodiagnosis/ctdi.html http://www.toyo-medic.co.jp/seihin/catg03/diadose.html
図:CTDI, DLPの算出のための測定概念図
CTDI, DLPの算出方法
- CTDI100 [mGy]
D(z):体軸(z)方向の線量分布, n:1スキャンのスライス数, T:1スライスあたりのビーム幅
- CTDIw [mGy]
- CTDIvol [mGy]
I:1回転あたりの寝台移動距離,
PF:(Pitch Factor) ビーム幅に対する1回転当たりの寝台移動距離。X線ビームの重なりの度合いを表す(PF=1:連続的なビーム, PF<1:ビームが重なっている, PF>1:ビーム間にギャップがある)。SDCTの場合にはビーム幅と検出器幅の間に差がないが、MDCTでは両者の間に差がある。
- DLP [mGy・cm]